兵庫県の真ん中へんで起こる戦いなんですが、その時、源義経率いる軍勢が三田ー篠山ルートを通って、行きました。
三田市から県道292号線(国道176号の裏道)を通っていくと、右手に虚空蔵山をみながら今田町に入ります。このへんは立杭焼と呼ばれる日本6古窯に数えられる、平安時代から続く陶器街になります。

↑(虚空蔵山)
その立杭焼のところを抜けたところに、今田町休場という集落があります。
この「休場」、やすんばって言うんですけど「なんで休場なんだろう」と思っていたんですね。
実は、義経率いる源軍が、この一ノ谷の戦いでここまでやってきたときに「いったん休もう」といって、休憩したところなんだそうです。
虚空蔵山のふもと、このへんでしょうかねえ。
今は休場の公民館がありますけど、この公民館の前で椅子でも出して休んでいたのかしら。

↑(休場の公民館)

↑(このへんのどっかで休んだのかなあ。右手奥が立杭焼のお店がいっぱいあるけど、倉庫が邪魔で写真では見えん)
ところで虚空蔵山って、どんな意味があるんだろ。
虚空蔵菩薩からきてるのかなあ。